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横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)1522号 判決

原告

浜中治夫

右訴訟代理人

須藤英章

外三名

被告

田中組

右代表者

田中稔

右訴訟代理人

藤森功

主文

被告は原告に対し金三、四五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四八年四月三〇日から支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを一〇分しその六を被告、その余を原告の負担とする。

この判決は原告が金五〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し金七、〇五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年六月三〇日より支払い済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一、請求原因

1  被告は宅地造成工事の請負を目的とする会社である。

2  原告は、訴外妻暁子(訴外暁子という)を使者として被告との間で、昭和四四年五月一日、訴外日本分譲信販株式会社が所有する別紙物件目録記載の山林のうち八〇坪を左の約定で買受ける契約を締結し、同日原告は被告に対し手附金として金四〇〇、〇〇〇円を支払つた。

(一) 代金三、七六〇、〇〇〇円(坪金四七、〇〇〇円)

(二) 残金三、三六〇、〇〇〇円は、被告が右山林を宅地に造成した後同四五年三月末日迄に右宅地の引渡および移転登記手続完了と同時に支払う。

3  昭和四五年九月頃、被告は原告に対し、土地家屋調査士の作成にかかる地積測量図および公図写しを交付し、右地積測量図に表示した80.03坪の土地を、横浜市南区永田町字山寺谷一七二三番一五として分筆して原告に引渡す予定であると告げ、別紙図面(一)記載のごとく、本件契約の目的物を特定した(本件土地という)。

4  原告と被告は、昭和四六年一月九日、合意の上右売買契約の内容を左のとおり変更した(本件契約という)。

(一) 売買物件の坪数を八〇坪から五〇坪にする。

(二) 売買代金を金三、七六〇、〇〇〇円から金二、三五〇、〇〇〇円とする。

(三) 先に支払つた手附金四〇〇、〇〇〇円は変更後の契約手附金として充当する。

(四) 被告は右山林を宅地に造成した後、右宅地を昭和四六年五月末日までに原告に引渡すとともに、所有権移転登記手続をし、原告は被告に対し、残金一、九五〇、〇〇〇円を右引渡および移転登記手続完了と同時に支払う。

5  原告は、被告が履行期である昭和四六年五月を過ぎても履行しないため、同年八月一五日に残金一、九五〇、〇〇〇円を用意したうえ、被告に対し引渡等の履行を催告したが被告はこれに応じないし、その後も履行を拒否している。

6  別紙物件目録記載の山林は、昭和四四年八月二〇日訴外ロツテ物産株式会社が訴外日本分譲信販株式会社より売買によつて取得し、右山林を宅地造成したうえ数十筆に分筆し、昭和四七年三月頃より分譲地として売り出した。被告は、別紙物件目録記載の山林の宅地造成工事を所有者たる訴外ロツテ物産株式会社から請負つた外、分譲の現地案内所としても協力するなど、所有者と密接な関係を有し、分譲地を手に入れることは極めて容易な立場にあつた。ところが、被告は、本件土地と一部交錯し、坪数が、本件契約坪数と近似している横浜市南区永田町字山寺谷一七二三番五二の分譲地(被告取得の分譲地という)を、被告代表者名義で取得しながら、昭和四七年六月二九日に訴外石川佐市に売却し、同年七月二八日にその旨の移転登記を経由した。その他、本件土地と一部が交錯する、同町一七二三番三六、同三八、同五三の各分譲地は、それぞれ交換によつて訴外服部昭夫(昭和四六年一二月二〇日)、訴外服部フジヤ(前同日)、訴外菅原竹吉(同年一二月一日)に所有権が移転され、その旨の登記を経由している。右は、他人の土地を売買するにあたり、売主である被告の責に帰すべき事由に基き履行することができなくなつた場合であるから、買主である原告は右契約を解除して損害賠償を請求できることは言うまでもない。

7  本件土地の価格は、一平方メートルあたり約金五三、四〇〇円、一坪あたり約金一七六、二二〇円であり、現在ではさらに高騰して一坪あたり金二五〇、〇〇〇円ないし金二六〇、〇〇〇円にのぼつている。従つて、原告は、被告の債務不履行により、少なくとも一坪あたり金一八〇、〇〇〇円以上、五〇坪で金九、〇〇〇、〇〇〇円以上の損害を被つていることとなる。

8  よつて原告は被告に対し、右損害金を金九、〇〇〇、〇〇〇円とし、これから残代金一、九五〇、〇〇〇円を控除した金七、〇五〇、〇〇〇円およびこれに対する被告取得の分譲地を訴外石川佐市に売却し、履行不能となつた日の翌日である昭和四七年六月三〇日から支払い済みまで、商事法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否〈省略〉

三、抗弁

1  本件契約は、被告が訴外暁子と昭和四四年五月一日に締結した売買契約を、当事者を原告に変更した更改契約である。しかるに、本件契約は前契約当事者たる訴外暁子の同意を得ていないばかりか、その意に反するものであるから無効というべきである。

2  仮に、本件契約が有効であるとしても、被告は原告に対し、昭和四七年六月中旬頃口頭で次の理由によつてこれを解除した。すなわち、原告が本件契約を締結するに際し、訴外暁子との間ですでに更改契約をするについて同意を得ており、手附金四〇〇、〇〇〇円を流用することも異議がない旨の虚偽の事実を述べて、被告を欺いてこれを締結したところ、その後訴外暁子から更改について同意をした記憶もなく、手附金も返還するよう強い申し出があつたので、原告の契約締結行為は信義則に違反するものとして解除の意思表示をした。

3  仮に、原告の右契約の解除が無効であるとしても、被告が原告に対し、その債務を履行することができなかつたのは、原告と訴外暁子とが、本件土地に関して互いにその契約上の権利を主張した過失により、被告としては買主を確定することができず、義務の履行をちゆうちよしていた間に、本件土地の所有者であつた訴外ロツテ物産株式会社が他に売却してしまつたものであるから、被告には債務不履行について何等の責めに帰すべき事由がない。仮に、被告に何等かの責任があつたとしても原告にも右の重大な過失があるから、過失相殺によつて損害賠償の額を大巾に減縮さるべきである。

本件土地は造成中であつたので、昭和四六年五月末日という期限の定めにもかかわらず、引渡等の履行が造成完成許可手続終了後迄遅延する場合のあることが特約となつていた。

四、抗弁に対する認否〈以下省略〉

理由

一被告は、宅地造成工事の請負を目的とする会社であるところ、昭和四四年五月一日売主名義を被告とし買主名義を原告として、訴外日本分譲信販株式会社の所有する別紙物件目録記載の土地のうち山林八〇坪を請求原因2の(一)、(二)の約定で売買する旨の売買契約書を作成し、当時原告の妻であつた訴外暁子との間でこれを取り交わし、同日訴外暁子から被告に対し手附金として金四〇〇、〇〇〇円の支払いがなされたことは当事者間に争いがない。原告は、訴外暁子が原告の使者として右契約を締結したものと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、却つて、〈証拠〉によれば、右契約は訴外暁子を原告の代理人として被告との間で締結したものと認めるのが相当である。

二昭和四六年一月九日、原告と被告が、前項記載の昭和四四年五月一日に締結された売買契約の内容を請求原因4(一)ないし(三)に変更した売買契約書をとり交わした事実は当事者間に争いがない。〈証拠〉によれば、請求原因4(四)の約定が、原・被告間でなされた事実を認めることができる。

三被告は、本件契約は、訴外暁子と昭和四四年五月一日に締結した売買契約を当事者変更によつて原告とした更改契約である旨抗弁するが、前記認定に反する〈証拠〉は措信しがたく他に右事実を認めるに足りる証拠もない。よつて、この点に関する被告の抗弁は採用できない。

四次に被告は、原告に対し、昭和四七年六月中旬頃口頭で本件契約を解除したと抗弁する。しかしながら、本件契約が前記のとおり当事者変更による更改契約ではないのであるから、抗弁2の事実は信義則違反の理由にはならない。よつて、原告に、解除権の発生原因たる義務違反があつたとはいえないから、右解除の抗弁も失当といわなければならない。

五被告は、原告に対し本件契約上の債務を履行できなかつたのは、被告の責めに帰すべからざる事由に基づくものであると主張するが、抗弁3の事実があつたとしても、〈証拠〉によると、被告は図面(二)の36の土地の所有権を取得し、これを昭和四八年春頃訴外服部フジヤに売却していることが認められるから、右主張は失当といわなければならない。

六なお、被告は、引渡等の履行期限である昭和四六年五月末日という定めにもかかわらず、宅地造成完成許可手続終了後迄右引渡等が遅延する場合があるとの特約があつたと主張するが、本件全証拠によつても右事実を認定することはできない。

七〈証拠〉によれば、本件契約の目的地と近接する分譲地域の一坪あたりの価額は金一八〇、〇〇〇円であることが認められるので、被告の債務不履行によつて被つた原告の損害は、五〇坪分合計金九、〇〇〇、〇〇〇円となる。

八過失相殺について判断する。

〈証拠〉によると、被告の前代表者亡田中喜一(亡喜一という)は、ポーラ化粧品のセールスをしていた訴外暁子から、「自分の主人は胸を病んで働くことができないので、女一人で働いている。」と虚偽の事実を、いともまことしやかに告げられてこれに同情し、昭和四四年五月一日土地八〇坪を、一坪あたり金六五、〇〇〇円のところを金四七、〇〇〇円で、手附金一、七〇〇、〇〇〇円のところを金四〇〇、〇〇〇円と格安の値段で売ることにした。ところが、昭和四六年一月九日、今迄全く顔を出さなかつた原告が、被告会社事務所を訪れて、亡喜一に対して、「訴外暁子には若い男ができたので離婚した。そして、訴外暁子は若い男を連れて逃げてしまつた。だらしがない女だ。」とこれまた虚偽の事実を、いともまことしやかに告げたので、亡喜一は訴外暁子に騙されたことに腹をたて、かつ、原告の境遇に同情して、売地面積は、行政指導による、公園・公共道路の面積を広くする設計変更のため、八〇坪から五〇坪に減少したものの、当時本件土地の価格は高騰して一坪あたり金一八〇、〇〇〇円となつていたのに、従前どおりの金四七、〇〇〇円とし、手附金も金三、〇〇〇、〇〇〇円のところを従前の金四〇〇、〇〇〇円を流用して本件契約を締結した。しかるに、その数日後、亡喜一は、訴外暁子から、「若い男と逃げたこともないし、手附金の流用も認めることができない。」旨告げられ、今度は原告に騙されたことに激怒し、度重なる欺罔に相手の言うことを信用できなくなり、本件土地を売却する意欲を失つたことが認められる。

民法第四一八条は、債権法における公平の原則から定められた法条であるので、契約締結に関し債権者に過失があつたときにも準用さるべきものと解されるところ、右認定のとおり、原告側の欺罔によつて土地の代価を極めて安く約定することに成功しているし、又、債務の不履行の点に関しても、度重なる欺罔によつて、被告をして買主の確定を困難にさせ、あげくのはては本件土地を売却する意欲までも失わせている。右の経過からすると、債権者たる原告にも重大な過失があるものと言わなければならない。よつて、原告と被告の過失の割合を対比すると、原告四割、被告六割と解するのが相当である。

そうすると、被告の債務不履行によつて原告に填補されるべき損害額は、前記認定の金九、〇〇〇、〇〇〇円から、原告の過失割合四割の金三、六〇〇、〇〇〇円を控除した金五、四〇〇、〇〇〇円となる。

九損益相殺

〈証拠〉によると、原告は本件土地の残代金一、九五〇、〇〇〇円を未だ支払つていないことが認められるから、前項の金五、四〇〇、〇〇〇円からこれを控除すると、残額は金三、四五〇、〇〇〇円となる。

一〇以上説示したところによると、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は金三、四五〇、〇〇〇円とこれに対する、被告の責によつて履行不能となつた日の翌日を昭和四八年四月三〇日とすると同日から支払い済みまで商事法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(石藤太郎)

〈別紙物件目録、図面(一)(二)省略〉

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